四方山話に興じる男たち
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ライン川下り:独逸四方山紀行



(ライン川下りの観光船)

六月廿七日(火)陰、時に細雨あり。この日は独逸旅行最終日なり。ライン下りを楽しんで後帰国せんとて、七時過ぎにホテルに荷物を預けて出発す。この荷物はホテル側が直接管理することなし。預託者の自己責任を前提にして、預託者自ら地下の倉庫に保管するなり。その手続をなして後、バーンホフ構内にてアスマンスハウザー行きの切符を買ひ、七時五十三分発のローカル列車に乗り込む。構内売店にて買ひ求めしサンドイッチを食ひつつ窓外の光景を眺むるに、列車は少時にして田園地帯に入りぬ。

黄色く色づきたる小麦畠を囲むやうにして喬木の林点在す。幹は細くしかも湾曲し、枝はさして広がりをらず、日本の林に比すれば貧弱の印象なり。先述せるとほり、和辻はその風土論において、ドイツの樹木は温和かつ少雨の気候のため、幹を垂直に伸ばし、枝を自由に広げるなりを言ひしが、この眺めには当てはまらぬやうなり。

ヴィースバーデン駅を境にして、列車は方向転換して前後逆向けに走るやうになりたり。余ははじめ不思議に感じたれど、やがて進行方向左手にライン川現はるるに及んで安心せり。地図によればライン川は常に列車の左手に見ゆるはずなればなり。(なほ、この前後逆転現象は、ヴィースバーデン駅の構造に由来す。この駅はターミナル駅なれば、入場して後に発する時は前後が逆になるなり)

九時過ぎ、アスマンスハウゼン駅に到着す。無人駅なり。駅周辺に観光案内所あらざれば、川岸を歩みて船着場らしきものを探す。川沿ひに船着場らしきものいくつかあり、そのうちのひとつに何人かの観光客集まりてあり。彼らの目的を聞くに、ローレライを見るために観光船に乗るなりといふ。余らもまた彼らと行動を共にせんと欲す。やがて大型の観光船あらはれしが、余らの待ちうけをる船着場を通過せり。船体にはKDと表示せられたり。すなわち是余らの本来乗るべき船なり。といふことは、余らの待ちうけをる船着場は、他の会社のものなるべし。ローレライに至らば是とすべし。

やがてローレライ行きの小型遊覧船あらはる。船体に Binden Rudesheimerの表示あり。それに乗り込みライン川を下る。切符は船内にて買ひぬ。



船上よりアスマンスハウゼンの街並を見るに、なかなか優美な眺めなり。川は両岸を刳り貫くやうに流れをれば、町は急峻な斜面に沿って展開す。建物は独逸式の木造建築にて、日本人好みの雰囲気をたたへたり。

船に乗る頃より、しばらく前より感じをりたる右目の違和感ますます度を高じ、目をあけてをられるやうになりぬ。痛みも甚だし。その痛みをこらへながら、つぎつぎとあらはるる景色を眺めんとす。ライン川は即是独逸の古城群展開しをるところにて、フランスのロワール川渓谷と並んで、世界の二大古城地帯として名高し。折角この地まで来てこの眺めを見ずんば、将来に禍根を残すべしと思ひ、眼力をしぼって展望せんと努力す。



アスマンスハンゼンよりザンクト・ゴアルスハウゼンに至るまでの間にあらはるる城を手前より羅列すれば、シュターレック城、グーテンフェルス城、シェーンブルク城、オーバーヴェーゼル城などなり。そのほかにも多くの城跡あり。まさに城郭の連鎖といふべきなり。



ローレライは、日本にては小学校唱歌として親しまれをれば誰として知らぬものなし。その歌はハイネの詩にジルヒャーが曲をつけしなれど、ほかにリストやクララ・シューマンも曲をつけたり。人に愛せらるること知るべし。歌の一節に次の如きものあり。
  ついには舟も舟人も
  波に呑まれてしまうだろう  
  それこそ妖しく歌うたう
  ローレライの魔の仕業  (「歌の本」より 井上正蔵訳)
ライン川の流れローレライの地点にて両岸の幅せばまり急峻となる、よって多くの舟転覆す。伝説はそれを魔の仕業となし、ハイネはその魔の仕業を歌にうたひたるなり。

十一時十分頃ザンクト・ゴアルスハウゼンにて下船す。折から雨糠の如く降りしかば、傘をさして町を歩む。船着場の近くにローレライをかたどりたるモニュメント像あり。ローレライの岸壁に人魚様のもの座するさまを表現せるなれど、その人魚様のもの、人魚とはいへど大きく股を開き、むしろ猿を想起せしめたり。どふいふつもりからかかる像を作りしか、作者の意図を解すべからず。



ローレライの人魚像は興ざめなれど、ローレライの傍らにそびゆる城の眺めは壮大なり。いはくネコ城なりと。双塔にネコの耳の如きものを戴くが故なるべし。さういへば、アスマンスハウゼンの近くにはネズミ城と称するものあり。ドイツ人は、ネズミとネコに特別の思ひ入れあるものの如し。

さるレストランに立ち入りて昼餉をなす。フンガーリッシュスープとスパゲッティ・ボロニェーゼを注文す。フンガーリッシュスープは昨夜のドイツ風居酒屋にて余の食ひしものなり。その折の様子を見て、うまさうに感じたるによって、食ひ気をそそられたると、浦・岩の両子言ふなり。

目の痛みあまりに激しければ、一軒の薬局に立ち入りて目薬の交付を乞ふ。店員いはく、その様子にてはいい加減な処方をなすことを得ず、是非医師のもとに行かれよ、と。

一時半ごろの列車に乗り、三時過ぎにフランクフルトに戻る。


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