四方山話に興じる男たち
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シュターツ・テアーター:独逸四方山紀行



(カッセル、シュターツ・テアーターの舞台)

この日のナイトライフは歌劇「エレクトラ」の観劇なり。午後五時にホテルを出で、トラムに乗りてケーニッヒスプラッツに至り、会場のシュターツ・テアーターに赴く。カッセルは人口わづか十九万の中小都市なれど、社会基盤充実し、都市交通のほかかかる文化施設まで備へをるなり。

歌劇エレクトラは、ソフォクレスの手になるエレクトラ劇にリヒャルト・シュトラウスが曲をつけてオペラとなし、それを現代風にアレンジしたるものを今宵は見せられしなり。

とはいへ、シュトラウスの音楽に制約されて大胆な解釈の余地はあらず。もっぱらエレクトラの心理に焦点を当て、彼女の心の窓を通じて事態の進行を追ふという形をとりてあり。すなはち、エレクトラを中心とし、彼女と三人の同胞との関係をヨコ軸にし、オレストによる母殺しを縦軸にして、物語の進行を複層的に描き出してあり。

そのエレクトラを、六十歳になんなんとする女優が演ぜしが、年齢を感じさせず、きはめて迫力ある演技なりき。とはいへ、彼女をはじめ出演者の発するドイツ語を理解するにいとまあらず、もっぱら字幕のドイツ語を読んで劇の進行を追ひたり。ために首に痛みを覚えたり。といふのも、余らが座せる席は、劇場の最前列なればなり。

終了後、演出者以下全員壇上に集合してフィナーレの挨拶あり。この日が千秋楽とて、いつまでも名残を惜しみたり。



劇場を辞して後、レストランを捜し求めて町のあちこちを歩きまはり、つひにとあるイタリアレストランに入る。生ビールもて乾杯し、白ワインを飲みつついく皿かのイタリア料理を食ふ。これがすこぶる美味なり。給仕せるイタリア男、挙動てきぱきとして、すこぶる侠気を感ぜしむ。

卓上、谷子にドクメンタ研究の収穫を問ふ。谷子言ふ、全体三十六もの会場のうち、わづかに二三を見たるのみにて未だその一端を垣間見たりともいはれず。本来なら数日かけて綿密に研究すべきなりと。そはともあれ、今宵を以て吾ら四人揃ってドイツの夜を過ごす最後の日となす。明日以降貴殿は如何なる行動をなすつもりなりや、と問ふに、谷子また言ふ。明日は貴兄らのフラクフルトへの出発をカッセル駅にて見送らん。その後我輩はアイゼナハへ移動し、そこより南下してニュルンベルク郊外の小農村に二泊し、次に北上してハノーファー近くの小都市に一泊して施設インタビューをなし、最後にハンブルグに戻り、七月六日に日本に帰国するつもりなりと。その研究心たるや実に敬服すべきなり。

谷の研究心に乾杯して、吾ら四人共に過ごす独逸最後の夜を楽しみたり。そはともあれ、独逸の町はかかる小都市においても、人々は深更に至るまで夜を楽しみをるなり。その夜に最も相応しきはイタリア料理と見たり。この町にても、独逸料理店よりイタリアレストランを多く見かけたるなり。


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