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皇居東御苑

皇居東御苑は、旧江戸城の本丸と二の丸にあたるところです
明治維新後、東京鎮台工兵作業場等に使われていましたが
皇居造営後は、宮内庁の役所や内親王の呉竹寮など、皇室の施設に当てられました
戦後、昭和天皇御自身の発案により、武蔵野の俤を伝える庭園として整備され
昭和43年から一般に公開されるようになりました



皇居東御苑は、江戸城天守閣跡のある高台と二の丸公園の地域に分かれています
天守閣跡周辺は広大な芝生の広場が広がり
二の丸地域は、徳川時代からの日本庭園と、新たに造成された雑木林からなっています
この雑木林は、開発によって失われていく武蔵野の林を惜しんで
それらの木々をそのままこの地に移植したものです




皇居東御園へは、大手門、平川門のほか、北の丸側の北詰御門からも入ることができます
入場は無料で、入場の際に渡される札を退場の際に返却する仕組みです
大手門は、江戸城の門の中で、大名が通った門として知られています
東京駅に近いので、園内にはここから入るのが一番便利です

門は枡形とよばれる様式に作られています
左側の表門を潜ると 右側にあるような内門が垂直の角度についています
大名たちは、表門を潜ると枡形の広場で威儀を正し、馬を下りて内門を潜りました


大手門をくぐると 和風の広い空間が現れます
このあたりは 徳川時代の雰囲気を色濃く残した場所だとされています


二の丸公園の方向に向かって歩いていく途中
昔皇居正門に立っていたという門灯と 竹の林が現れました


二の丸公園にある雑木林は 武蔵野の各地の開発現場に生えていた樹木を
表土ごと運んできて ここに移植したといいます
あまり大きな木は見当たりませんでしたが
楢やブナなどが やわらかい自然を形作っているようでした


二の丸公園の和風庭園は 徳川時代の大名庭園の模範となったもので
歴史的にも価値の高いものとされています
水面に影をおとす紅葉が ひときわ秋の気配を感じさせてくれました


二の丸から本丸に通ずる道沿いには番所と呼ばれる警護の施設が残っています
左は大番所、右は百人番所とよばれるものです


二の丸から本丸へと上っていく坂道には
ご覧のような石垣が 門のように立っていました


天守閣跡周辺は広い芝生の広場になっています


天守閣の遺構 天守台です
江戸城の天守閣は明暦の大火で消失した跡 復元されることはありませんでした


北の丸公園へ通じる北詰御門
門の下には内堀が深く横たわってみえます






東御苑MAP

園内掲示板より








関連サイト:皇居外周その1その2皇居前広場

東京を描く東京の庭園