学海先生の明治維新 |
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学海先生の明治維新その五十一 |
十二月の半ば過ぎに小生はあかりさんと京都へ一泊の旅をした。彼女の方から誘ってきた旅だった。教育委員会主催の会議が京都であり、東京都を代表して彼女が派遣されることになった。会議は半日で終わるのだがそのまま京都で一泊できる。いい機会だからあなたと一緒に行きたいと言うのだった。小生は是非もなく連れて行って欲しいと言った。 旅の企画や手配は彼女がしてくれた。新幹線に乗って京都まで行き、その日の午後は彼女が会議に出ている間小生はどこかで時間をつぶす。夕食は先斗町あたりでおばんざいでも食べ、市内のホテルに泊まる。翌日は名所を見物して夕方の新幹線で東京へ戻るというものだった。 小生は当日の朝新幹線の指定席に座って彼女の来るのを待った。指定席券はあらかじめ彼女から渡されていたのだった。ところが彼女はなかなか現れない。出発間際になっても現れないので小生は焦りを感じたが、じたばたしても仕方がないと思い、そのまま座席に座っていた。列車はついに動き出した。彼女に何かが起こったのかもしれないと小生は感じた。すると突然彼女が小生の前に姿を現した。小生は安堵した気分になった。 「遅れてごめんなさい」 彼女はそう言って小生の隣に腰をかけた。その顔には意地悪そうな笑いが浮かんでいた。 「列車が動き出してから現われるなんて、まるでアクション映画みたいだね」 「もう来ないと思った?」 「いや、来るとは思っていたよ。だってこの旅の主役は君なんだから、君が来ないと始まらないからね。もし来なかったら、それは何か不吉なことのしるしだろうと思っていたよ。でもまあ、いいや、こうやって確かに君は来たんだから」 そう言いながら小生はなるべく機嫌よさそうに振る舞おうとした。 あかりさんは中腰を浮かせながらコートを脱いだ。ベージュ色のトレンチコートだ。その下にはネイビーブルーのブレザーとミディアムグレーのスカートをはいている。首には濃紺と赤のレジメンタル模様のスカーフを巻いていた。 「今日はまた変わった格好だね。僕もそうだったけど、それは社会教育系の連中が好むスタイルだ。君のような学校教育系の人間が着ているのをほとんど見たことがない。でもなかなかいいよ。そういう格好をすると、一段とキュートに見える」 「学校教育でも体育系は着ているわ」 「君は体育系じゃないだろう?」 「あなたがよくこのスタイルをしているから、わたしもしてみようと思ったのよ」 彼女が言う通り、小生はよくこのスタイルで彼女と会うことがあった。今日もこのスタイルで来た。だから我々は外目にはお揃いの衣装を着た恋人同士のように映っただろう。もっとも恋人と言うには少々年を取りすぎていたかもしれないが。 車中京都までずっとおしゃべりをして過ごした。 「教員が会議で出張することは結構あるものなの?」 「そんなにはないわ。普通の教員には全くないといってもいいんじゃないかしら。わたしの場合には教育委員会主催の研究会のメンバーになっているので、その関係で今回出張する機会を与えられたってわけ」 「そうか、僕が教育委員会にいた時にも、教員を入れた研究会を持っていたけれど、今回のような会議に出るのは本庁の教育職ばかりで、学校の教員には出てもらわなかったな」 「研究テーマによるんじゃない?」 「かもしれないね」 京都駅には昼近くに着いた。我々は京都タワー地下の食堂でお昼を食べ、市営地下鉄に乗って丸太町まで行った。そこから彼女は歩いて京都府庁に向かい、小生は二条城を見物することにした。別れ際に彼女から預かっていて欲しいと、ボストンバッグを渡された。 小生はあかりさんのボストンバッグを持って二条城まで歩いて行った。丸太町からそう遠くはなかった。堀を渡り城内に入ると二の丸御殿前の庭園を散策した。池の傍らの棕櫚の木に菰がかぶせられていた。池の周囲の眺めはいかにも冬景色らしく寒々として見えた。 小生は二の丸御殿の内部を見た後、腰を下ろすところを見つけてしばし休んだ。あかりさんのボストンバッグを開いてみると、風呂敷に下着類がたたんでしまわれていた。彼女のパンティは彼女の体格に比較して小さすぎるように感じられた。まるで少女のそれのようだ。小生はこれまで裸のあかりさんを見たことはあるが、彼女の下着までは注意深く見ていなかったことに改めて気づいたのだった。 会議が終わる時間を見計らい京都府庁まであかりさんを迎えに出向いた。ロビーで合流した我々は庁舎前からタクシーに乗って清水寺に向かった。清水寺はまだ紅葉が色濃く残っていた。舞台の上に立つと、眼下一面の紅葉が凍てつくように冷たい空気にさらされて深紅に光って見えた。我々はその眺めを堪能した後、音羽の滝で水をすくって飲んだ。そして露台に腰かけながら甘酒を飲んだ。 その後三年坂を下って八坂神社方面へ歩いて行き、神社の鳥居前から鴨川を渡り、ようやく宵闇が垂れ込める頃に、先斗町の狭い通りに入った。ここで適当なおばんざい屋を選んで食事をしようというつもりだ。 おばんざいを食べたいと言ったのはあかりさんだった。だから店は彼女に選んでもらった。彼女は狭くて居心地のよさそうな店を選んだ。そこで我々はカウンターに腰かけながら、自分たちの食べたい総菜を皿に盛ってもらって食べた。彼女はおいしいと言って満足そうな表情を見せた。小生には彼女を脇にしておばんざいを肴に飲むビールがことのほかうまかった。 食事が終わるとタクシーに乗って三条烏丸にあるホテルへ向かった。ホテルの部屋にはダブルベッドが一台置かれていた。彼女がわざわざ選んだものだ。小生はすっかりうれしくなった。今夜もあかりさんを思い切り抱くことができる。あるいはあかりさんに強く抱きしめてもらえる。 我々は一緒に風呂に入った。以前のホテル同様ここの風呂も大きくはなかったので二人一緒につかるのは窮屈だ。そこで小生は自分の伸ばした膝の上にあかりさんを後ろ向けに座らせ、彼女の胸に手を伸ばしたり、彼女の首筋に接吻をしたりした。 我々は互いの体をタオルで拭きあい、裸のままベッドにもぐりこんだ。その後どのようにして時間を過ごしたかはあえて触れない。そんなことはわざわざ作者が触れなくとも、読者の想像が働くものだ。 性交が終わってひと段落したところで、外へ遊びに行こうということになった。そこで我々はあわただしく着物を身に着け、タクシーを呼んで四条河原町へと繰り出した。タクシーのドライバーに安心して飲める店に連れて行って欲しいと言うと、とあるバーに連れて行ってくれた。 我々は部屋の隅っこにある四人掛けのテーブルに座り、ウィスキーの水割りを注文した。部屋の中にはジャズが流れていて、なかなか雰囲気がよい。 「教員たちも時にはこんなところで息抜きすることがあるんだろ?」 「そりゃあ人間ですもの、時には息抜きすることだってあるわ」 「男女で遊ぶこともよくあるのかな?」 「そんなこと当たり前でしょ。教員だってデートを楽しむことくらいあるわ」 「不倫もよくあるって聞いたことがあるけど、結構盛んなの?」 「なによ、その言い方、わたしのことをあてこすっているみたいに聞こえるじゃない」 「いや、そういうつもりじゃないんだ。僕が見聞した範囲内でも、教員同士の不倫の話は結構あるように聞いていたもので、こんなことを言ったんだ。別に君をあてこすっているわけじゃないよ」 「でも、言葉には気を付けたほうがいいわよ。言葉は災いのもとと言うから」 「以後気を付けるよ。だから機嫌を直して飲んでおくれよ」 こんなさばけた会話をするのも、我々がもう若くはないせいだろう。互いに自分のしていることは十分わかっている。そのわかっていることをわざわざ男の小生から蒸し返すのは野暮なことだった。 ホテルに戻った時には十二時をとっくに回っていた。彼女はベッドの上に仰向けに寝そべると、両手を伸ばして小生を誘った。小生は上着を脱ぐと彼女の上に重なるようにして彼女を抱いた。彼女は下から小生の体にまとわりついてきた。 「ねえ、わたしたちのことを娘が気づいているらしいのよ」 彼女はため息を漏らしながらこう言った。 「私の体に男の匂いがするって言うのよ。女の子ってこういうことには敏感なのね。私があなたと逢った後家に帰ると、娘が近寄って来て私の匂いを嗅ぐの。そして言うのよ、お母さんは男の匂いがするって。疑っているんだわ」 小生には返すべき適当な言葉がなかった。 「うちのも気づいているらしいの。仕草でなんとなくわかるわ。あなたはどうなの?」 そう言われても小生にはまだ返すべき言葉が見当たらなかった。 しかしあかりさんはこの話題をそれ以上進めることをやめた。小生はあかりさんの着ているものを脱がせて裸にし、自分も丸裸になってあかりさんを強く抱きしめた。あかりさんも小生を強く抱き返した。こうして我々は二度目のセックスに耽った。今回は学海先生に見られていないかどうか、気にする余裕はなかった。小生の心身の状態はそれほど熱くなっていたのである。 |
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