イタリア紀行
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イタリア紀行その二:レプブリカ広場、コロッセオ、ヴェネチア広場


(レプブリカ広場)

九月廿六日(土)三時頃小便のために目覚めて後熟睡することを得ず、うとうとしをるうち七時頃夜が白み始めたり。日本の夜明と異なり一気に明るくならず、三十分ほどかけてやうやう明るくなるなり。一階のレストランにて朝食。パン、ミルク、ベーコン、スクランブルドエッグ、フルーツの類なり。

九時ホテルを辞す。英国大使館前より左手に伸びるチェルナイア通りを西に歩み大蔵省、ディオクレティアヌスの浴場跡を通り過ぎレプブリカ広場に至る。噴水を囲む円形の広場なり。囲繞せる建物はすこぶるクラシックな外観の石造建築物なり。広場北西の通りに面せる旅行会社JTBの現地エージェント事務所マイバスに立ち寄り昨日紛失せる財布につき相談をなすに、今日は土曜日にして空港事務所は閉鎖せられたれば明後日改めて連絡すべしと言はる。


(ローマ街角の朝市)

その後旅行会社エージェントのガイドに付近を案内せらる。歩きながらローマの街についての基礎的な知識を教授せらる。通りの名前の読み方、地下鉄やらバスの乗り方、バルやらスーパーの利用の仕方などなり。たまたま朝市を見かけたれば爪切を一個買ひ求めたり。又栓抜を求めんとてガイドに栓抜をイタリア語にて如何言ふかと尋ぬるにアプリボッテリーアと言ふと答へたれば、売子の男に向ってアプリボッテリーアと言ひながら右手にて栓を抜く仕草をなす。売子の取り上げて示したるはアウトドア用の一体式キッチンセットなり。そを両手もて広げながらフォークの部分を示しクエスト・ペル・マンジャーレと言ひて物を食ふ仕草をなす、又スプーンの部分を示しクエスト・ペル・ベーレと言ひてスープを飲む仕草をなす。最後に栓抜の部分を示しクエスト・エ・アプリボッテリーアと言ひながら栓を抜く仕草をなす。しかしてプレーゴ、プレーゴ、プレーゴと言ふ。値を聞くに五エウロと言ふなれば、余是非もなく買ひ求めたり。


(サンタ・マリア・マジョーレ教会)

朝市のある小さな通りを抜け出るに巨大な寺院建築物を目にす。サンタ・マリア・マジョーレ教会と言ひ昨夜空港よりホテルに向ふ徒次見かけたるものなり。羅馬法王庁直轄の教会なる由。荘厳なる趣をただよはせてあり。

教会付近にて解散し、テルミニ駅に向って歩み、駅前のチンクエチェント広場より地下鉄に乗る。深度の甚だしきに驚く。ローマは至るところ遺跡あれば、それらを破壊せざるように地下鉄を掘るには深度を甚だしくせざるべからずと言ふ。それでもなほ地下鉄工事にともなひて多くの遺跡を破壊せることはフェリーニの映画ローマにあるとほりなり。


(コロッセオの外観)

コロッセオ駅にて下車。駅を出れば目前にコロッセオの建物あり。入口に長蛇の列何重にもわたって続きゐたり。そのうちの一は個人予約済客向け、一は団体客向け、一は一般客向けなり。余らは一般客向けの列に並びしところ、どういふわけか、他の列よりもはるかに早く入場することを得たり。殆どの客事前に予約せるがためと思はれたり。

コロッセオは紀元一世紀に円形競技場として建てられたる由。剣士同士戦ふほか猛獣と奴隷を戦はしむることを以て悪名を馳せたるなり。コロッセオとは肖像と言ふ意味なり。傍らにネロの巨大なる像の立てることに由来すと言ふ。正式名称はフラティウス円形競技場(Amphitheatrum Flavium)と言ふ由なり。


(コロッセオ内部)

場内に入る、頗る奇観なり。中央のアリーナ部分は礎石むき出してあり、また側壁は一部破損してあり、それにつけても壮大なり。長径188米、短径156米、外周壁の高さ49米の規模を誇る由なり。五万人の観客を収容し、皇帝臨座のもと中央アリーナ上にて様々な競技行はれたるなり。そのアリーナの床今は存在せず、地下の構築物露出してあり。





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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2015
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